体が男として生まれた私が女として生きるという事

この世の中には、体の性別とは別の性別として生きようとしている人達がいます。それは、少なくはありません。なぜなら、ひっそりと息を潜め、生きている場合が多いからです。私もその1人です。

この記事では、体が男として生まれ、それに違和感を抱き、女として生きる道を選び、そして女として生活している私自身(トランスジェンダー女性)の考えについて書いていきます。性別に悩みの方、別の性別として生きるか迷っている方の参考になれば幸いです。

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体の性別で生きた方が楽かどうか

時々「男が女として生きた方が楽だから、性別を乗り越えようとするのだろう」と仰る方がいらっしゃいます。私の父もそうでした。

それに対する私の回答は「正解でもあるし、間違いでもある」です。

私が女として生活をしていて、男として生活していた頃と比べ楽に感じる部分もあります。しかし、それと同じくらい大変だと感じる部分もいくつかあります。

男は大変で女は楽をしている、という考えから、こう発言されるように思いますが、それは体験してみなければ分からないものであり、実際に大変した立場で考えると、それは「状況によって変わるし、性別のせいとも限らない」ということです。

体の性別で生きるというのは、どういう事か

女として生きようと決断するよりも前

私は15,6歳の頃から本格的に女として生きようと思いました。それまでは、違和感を感じつつも男として生きようと努力していました。

しかしそれは、水中の中を歩くように重く感じる日々です。

何かが違うと感じていても、モヤモヤとしたまま抜けられず、毎日を自分の人生のようにしっかりとした足取りで歩むことが出来ていませんでした。

生き方を決めた時

中学は制服でしたし、中学生ですし田舎だったので、男として生きようと努力をしていましたが、高校になってからは大阪のど真ん中の学校で、私服登校でした。

その時、女子を見て思ったのが、髪を伸ばしてメイクもして綺麗な服も着ていて、それがとても羨ましく、そして男として登校していて男の服を着ていた自分をとても恥ずかしく思いました。

それから、家でメイクなどを練習するようになりました。

モヤモヤと生きていた人生に何か変化があればと少し思っていましたし、今となってはそれは間違いではなかったでしょう。

生き方を決めた後

さて、自分の生き方が見えたところで良かったと思いきや、ここからが地獄の始まりと言っても過言ではありませんでした。

詳しい事はまた別の記事で書くとしますが、一般的に考えてもごく普通に見える男が女として生きようと、メイク等をしたところで、外見の不完全さと声の不完全さという、あまりにも無謀な壁が見えてきてしまいます。

体は男でしたし、男の見た目で生きる分には、ある意味平凡です。しかし、そこに無理にメイク等の女の要素を足せば、それはとても醜いものとして浮かび上がり、私自身の心をも深くエグリました。

女として生活している現在

現在は2,3年前から女性ホルモン投与を開始しているというのもあり、体は胸が膨らみ、脂肪の付き方や肌の質感などは女性そのものと言っても良いかもしれません。

肉付きや肌が変わったおかげもあり、顔の雰囲気も随分と変わりましたし、声も何年も練習したので程々に困りません。

現在の生活が嬉しいか、と聞かれると「それは間違いではないが、それよりも、ホッとしている気持ちの方が大きい」と答えるでしょう。

まだ、体の半分くらいは男性かもしれませんが、以前にあったような『自身の体を引き裂きたくなるような不快感や、体内を流れている男性ホルモンに対しての激しい嫌悪感』といったものは感じなくなりました。

嬉しさは、平凡に生きられている嬉しさです。ホッとしているのは、女として24時間生活出来ていることからの安心感です。

自分という枠

人は誰しも、自分という存在、自分というものを形作るための枠があります。

自分の目指す先、自分が思う自分というものが、その枠と形が似ていれば、自分に疑問を抱かずに生きることが出来るでしょう。

しかし、世の中には、その枠と大きくずれた自分として生きなければならない人も多くいます。その中には性別の不一致な場合もあります。

そんな場合、自身が何者か、それに近づけるように努力するのは、自身の人生を1歩でも前へ歩けるようにする力となるかもしれません。

今の生き方が自分らしいかどうか

体の性別ではなく、心の性別で生きることを『自分らしく生きる』と言われる事がありますが、私はそうは思っていません。

少しの言葉の違いかもしれませんが、自分らしくというのは個性の領域な気がしています。私の性別が個性かと言われると違うのでしょう。

私は自分らしくも生きようとしていますが、そこに性別は関係ないからです。

自身の人生を生きるために

私はこの体と共に生きています。

過去を力強く生きてきたつもりですし、これからもこの体と共に生きていきます。

人生は思っているよりも短いでしょうし、いつ終わりが来るかもしれませんし、死より先の事なんて分かりませんので、恐らく一度きりの人生です。

体の性別をボタン1つで切り替えられる程、容易ではありませんし、寧ろ過酷な世の中なので、この体で生きていくしかありません。

そうなると、私はこの体という環境に適応していかなくてはなりません。

これらが、体が男として生まれた私が女として生きるという事なのだと思っています。